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直接請求本申請北九州市役所にて_動画1


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■直接請求本申請_動画2

■直接請求本申請_動画3

中村よしお事務所
〒802-0043
北九州市小倉北区足原2-1-39
TEL 093-932-8533
FAX 093-922-8277
E-mail nakamura-y3226@nifty.com

なぜ、市議会議員になったのか?

祖父の時代からの電気工事技術者の家庭の育った私にとって政治は全く関係や関心のない世界でした。
26年前医療機関で訪問リハビリをしていた時のできごとが政治家になった原点です。訪問リハビリの対象者の方は区役所に車いすなど福祉の相談に行きます。当時の窓口の職員は現場のことも知らない人や上から目線でものをいう人がいて、役所から泣いて帰ってくる家族に代わって私が役所に連絡を取ったりしていました。
「生まれ育った北九州市の福祉がこれではいけない! 北九州市役所の福祉を変える!」の思いで北九州市役所に入職、現場の意見を上げようとしましたが一職員の意見は届かず悩んでいたところ、議員に対する幹部職員の過剰に丁寧な態度を目の当たりにし、市職員では市役所は変えられない、議員になって変えていこうと決意し、市役所を退職し市議会議員選挙にチャレンジしました。

初当選以来12年、「市民のため?組織のため?自分のため?」常に誰のためなのかを確認しながら医療・福祉専門職としての経験、議員としての経験を生かし、初心を忘れずにこれからも頑張っていきます。

中村よしおプロフィール

  • 昭和39年5月12日生まれ(52歳) 作業療法士(リハビリの専門職)
  • 徳香幼稚園、横代小学校、横代中学校、小倉南高校を経て国立療養所
    福岡東リハビリテーション学院療法学科を卒業(作業療法士免許取得)
  • 民間医療機関で作業療法士として7年間勤務
  • 1993年北九州市役所に入職(10年間勤務)
  • 2003年 小倉リハビリテーション学院作業療法学科教務部長
  • 2005年1月 北九州市議会議員選挙に挑戦、初当選 現在3期連続当選
  • 現在の 役職
    北九州市ソフトボールスポーツ少年団顧問/小倉南北少年ソフトボール連盟顧問/
    小倉南北小学生バレーボール連盟会長/小倉区剣道連盟顧問/北九州市食品衛生協会顧問/勝山足立ライオンズクラブ会員/小倉北美術連盟顧問/(公社)福岡県作業療法協会顧問/小倉北消防団第3分団顧問/足原校区まちづくり協議会会長/足原校区自治連合会会長/足立北町内会長/社会福祉法人理事/NPO法人理事/第64代小倉高校野球部父母会長/保護司/日本バーテンダー協会北九州支部顧問
  • 家族  妻:看護師/長男/次男



  • 昭和39年5月12日 北九州市小倉南区に長男として生まれる
  • 小学校・中学校時代
    小倉南区の田舎の学校に通う。中学校時代は友達と生徒会活動を行い、男子テニス部を発足しました。(当時はエースをねらえがブーム、影響されやすい?)
  • 小倉南高校時代
    テニス部に所属。1度やめかけたことがありましたが、何とか3年間頑張りました。当時の仲間は最高の親友です。理系で英語の先生が嫌いだったせいか、英語は全くだめでした。
  • 福岡東病院附属リハビリテーション学院時代
    友達がリハビリの仕事に興味を持っていたこと、理系ですが不器用なため工業系が嫌だったこともあって、リハビリの道に進むことに。やってみると意外と向いていました。人と関わる仕事が向いているようです。吉原病院(佐賀県 2年間)先輩を頼って入職。気のあった仲間や最高の上司に恵まれとても楽しい2年間でした。妻はこの病院の看護師でした。
  • 小文字病院(北九州市 5年間)
    最初の2年間は主に急性期(救急車から運ばれてすぐの時期から数ヶ月間)のリハビリを担当。患者様の回復をともに喜び、直らない苦しさをともに悩む2年間でした。
    3年目からは訪問リハビリ担当。退院した方のご自宅に伺い、リハビリをします。ずっとお風呂に入っていない人には風呂入れ、パチンコが好きだった人はパチンコ屋へ、歌が好きだった人はカラオケボックスへと利用者のやりたいことを実現し、笑顔を見ることが私のさらなるエネルギーにつながっていきました。
    しかし、楽しいことばかりではありません。役所に福祉の申請に行ったご家族が職員が制度を知らないばかりに帰らされたり、無礼な言葉をかけられ泣いて帰ってきたり…。私が生まれ育った町北九州市、こんな町では安心して年を取ることができない、『市役所に入って市役所を変えていきたい!!』と決意。
  • 北九州市役所(保健福祉局 10年間)
    市役所の最初の職場は北九州市立デイ・ケアセンターです。公立の精神科デイ・ケアセンターとしては全国初の施設だったと思います。4年間の中で精神障害のある方の暮らしづらさや偏見等の困難さをみてきました。また、もっと福祉が整備されれば安心して生活できる方もたくさんいることもわかりました。「議員としてその代弁をしていきたい」と思った原点がここにあります。
    デイケアセンターは組織改正で平成9年に精神保健福祉センターになりました。精神保健福祉センターでは就労支援担当をし、雇用問題に取り組んできました。結果的には精神障害関係の業務に6年間関わってきました。前述しましたように精神障害の福祉施策は身体障害や知的障害の施策に比べかなり遅れています。これからも、私の重点項目として頑張っていきたと思います。
    次の異動先は本庁でした。市役所の中枢部分です。そこで私が感じたことは「市民が主役ではない、市長や議員の方を向いている」「市民のためにルールーを考えるのではなく、ルールを守ることが一番」ということです。確かにルールを守ることは大切です。しかし、何のためにルールがあるのかを考えれば、当然市民の方を向くようになるし、必要があればルールも変えていくことが当たり前になるはずです。もちろん、市民側にたつ市職員もいます。しかし、本庁に行くと人間が変わってしまう人がいるというのも事実です。一人一人は本当にいい人ばかりなのですが・・・。議員になることを考え始めたのはこの頃からです。
    平成11年10月から小倉北区の馬借に新設された総合保健福祉センター1階にできました「テクノエイドセンター」に異動になりました。このセンターは福祉用具約1,200点を展示し、福祉用具や介護の研修およびリハビリ工房で福祉用具の改良を行う施設です。医療・福祉の支援者はもちろんたくさんの障害のある方々と出会うことができました。市役所最後の1年間は障害福祉センターです。ここでは主に難病の方を対象に、重度障害者用意思伝達装置の担当をしました。この重度障害者用意思伝達装置は難病等で両手両足が動かなくなった人で言葉かはなせない人に日常生活用具という福祉の制度で支給されるものです。瞬きや一つのボタンを押すだけでパソコンを動かし、パソコンに言葉をしゃべらせたり、文章を作成したり、テレビ操作等の環境を制御させる装置ですが、利用する人の多くはALSという難病の方で数年のちには多くの方がなくなっていきます。
    市役所の10年間でよりたくさんの障害のある方の声を聞いてきました。またその声がなかなか市政に反映されない現実も見てきました。障害のある方々や高齢者の方の声を市政に伝えたい、しかし市役所の職員の立場ではなかなかそれが実現しない。10年間の中でこの想いがどんどん膨らみ、市役所を退職し市議会議員になることを決心しました。

共 著

●生きいきジャーナル[1992/夏Vol.2 No.2]
「入浴ケアはこんなにおもしろいよ」医学書院
●生活ケア13人の発言[1993/筒井書房]
●精神科デイ・ケア研究ふくおか第12号[1995/福岡県デイ・ケア研究会]
●ケアマネジメントの手法とケアプラン[1997/(株)日総研出版]
●地域ケアリング[2002/Vol.4 No.2]「介護現場での福祉用具活用法」(株)北隆館
●福祉用具の活用法[2002/(株)北隆館
●介護保険情報[2003.6/社会保険研究所]
●自治体の理学療法士・作業療法士のしごと[2003/医療文化社]
●ノーマライゼーションの実践学[2003/青海社]

北橋健治北九州市長
中村よしおさんは、北九州市の発展のため、常に並々ならぬ情熱を注がれておられます。また、私が市民の皆様にお約束したマニフェスト「ハートフルなまちづくり」の推進にご指導・ご協力を頂いております。作業療法士として医療や福祉などに優れた見識を持ち、豊かな経験と実績を備えた中村よしおさんの今後ますますのご活躍を期待しています。